カーリマン 新田 哲也さん

命とは何かを
日々考える

夫婦で営む、野生鹿を中心としたジビエ食肉処理施設の運営人/狩人

年間400〜600頭の解体と向き合う

丹波篠山市を拠点に、2019年から『カーリマン』という屋号で活動をはじめる新田さんご夫婦。鹿の捕獲と解体に加え、食肉加工までを一貫して行なう。せっかくいただく命だから、できるだけおいしく、無駄なく使い尽くす。そんな想いから、鹿肉だけでなく、鹿革の活用にも挑戦している。地域おこし協力隊として丹波篠山に移住した新田さんは、精肉処理ができる拠点を構え、市内の猟師が捕獲した鹿肉の処理を行なっています。その数なんと、年間400〜600頭。丹波篠山市で捕獲される鹿の、約3分の1にも及ぶそうです。

命とはなにかを、日々問い続ける

そもそも、なぜ鹿の狩猟が必要なのでしょうか?
狩猟を行なうことの一般的な背景としては、人間の手によって生態系のバランスが崩れ、その影響で増えすぎた鹿の個体数の管理や、農林業への獣害対策などが挙げられます。対して、新田さんが鹿肉の狩猟や解体を行なう理由は「ただただ、美味しいから」。義務感ではなく、とてもシンプルな理由で取り組み始めたと語ります。一方で、森の命と向き合ううちに「生態系の中で、人間とはどんな存在なのか」と問い続ける日々がはじまったそう。その結果、生態系のことを考えるためには、単純なピラミッド型で考えるのではなく、もっと大きくて複雑なシステムの中で考えなくてはいけないと気づいたといいます。
鹿を例にあげて考えてみましょう。
人間は、建築用材として使用するためにスギやヒノキなどの人工林を育ててきましたが、その影響で森林の生態系のバランスが崩れました。鹿たちは、スギやヒノキの樹皮を食べます。その影響による崖崩れが心配されている一方、それはもともとあった自然界のバランスを取り戻すための行為ともとれます。
もちろん、農家さんや林業家さんの多大な苦労は簡単に推しはかることはできません。大切なことは、人間側の一つの視点ではなく、生態系全体を俯瞰して考えること。なるべくたくさんの視点を知って、お互いに譲り合いながらバランスをとること。それが、長い目でみると農家さんや林業家さんのためになったり捕獲効率のアップに繋がったりすると考えるようになったといいます。「それでは、鹿の命を奪う人間は、自然界がバランスを取り戻す邪魔をしているのではないか?」そう思い悩んだこともあったそうです。一方で、人間が鹿の命を奪う行為は、絶滅してしまったオオカミの代わりを担っているとも言えるかもしれません。
「森や社会の状況によって、人間が取り組むべきことは変わります。そこを考えて実践することが生態系における人間の役割であり、いただいた命をできる限り輝かせて次の命に繋げることが、カーリマンの役割だと考えています」と、新田さんは話してくれました。

最後まで、いただき尽くす

いただいた命を美味しくいただくために、新田さんのこだわりは鹿の仕留め方や捌き方にも健在です。鹿肉は、時に「臭い」「固い」と言われることがありますが、その原因は鹿そのものにあるのではなく、鹿を捕獲して仕留め、捌く人間の技術にあるそうです。
新田さんが鹿の捕獲のために使う道具は「箱罠(はこわな)」と呼ばれるもの。「くくり罠を使うと、鹿が逃げようと暴れて自らを傷つけてしまいます。肉質を変化させる原因となるストレスを与えないことが大切なんです」と、新田さん。
仕留めに使うのは、空気銃とナイフ。トライアンドエラーを重ねた結果、現時点でのベストな手法なのだそうです。「強力な散弾銃は、鹿にショックを与えるため肉質に影響します。遠くから空気銃で気絶させ、心臓が動いているうちに血を出し切りナイフで仕留めます」。血抜きが不十分だと、臭みの原因になるのだそう。さらに、鹿は体温が高く40度近くあるため、腐敗が起こらないよう体を氷で冷やしながら解体所まで運んだのち、内臓を丁寧に除去します。
実際に新田さんの解体所は、驚くほど清潔に保たれています。鹿の頭骨とひづめ、五臓(心臓・肺・肝臓・腎臓・脾臓)以外の臓器を排除し、それ以外の部分は余すことなく活用する新田さん。命を余すことなく美味しくいただきたいという想いが、鹿の捕獲や仕留め方、解体方法の隅々にまで体現されていました。
「カーリマンの目標は、『おいシカった』といってもらうこと。鹿の命をできる限り価値あるものに輝かせることで、鹿の狩猟を含めた森の生態系を守る活動が、健全な文化として根付いていけばと考えています。そして、何より大事なことは、ありとあらゆることを支えてくれる妻と子が幸せに健康に暮らしていくことです。」と、新田さんは話してくれました。

カーリマン

新田 哲也さん

丹波篠山市を拠点に、2019年から『カーリマン』という屋号で活動をはじめる。鹿の捕獲と解体に加え、食肉加工までを一貫して行なう。鹿肉だけでなく、鹿革の活用にも挑戦中。